文章を書ける事に憧れた人のブログ

文章力を上げる為に1ヶ月1回と考え、2018年は12個何か描く

罪の告白

何かが好きと言った時、いつからかと問われるとハッキリとは返せない事が多い。

そんな私にも1つだけハッキリといつから好きかと言える物がある。

 

ペットボトルから水を早く出したい時、そのお尻側を円を描くように回し中に渦を作ると空気が取り込まれやすくなり出るのが早くなるというのは知っているだろうか?

私はこれを母の夕飯の手伝いの時に発見し、助かると褒められた事がある。ペットボトルから少し早く出した水で作られた味噌汁は、美味しさ100倍マンゾクマンだった。


とても単純だった私はそれ以来、渦の形を描く物体が好きになった。

新体操のリボン。
風に巻き上げられる木の葉。
上から眺める螺旋階段。

渦を巻く物を見かけるたびにあの日褒められた事を思い出した。


あんな事を発見してしまう自分は天才だ、もっと凄い渦を見つけてやるとその日から私は小さな研究者となった。そんな駆け出しの研究者はある日、研究の為に罪を犯す事となる。


それは毎朝駆け込むトイレから始まった。

 

いつものように用を足しトイレを流す。するとどうだろう、大量に貯められた水がぐるぐると大きな渦を描いて穴に飲み込まれていくではないか。

これぞ私が探していた渦ではないかと再び流そうとした時、ふと「節水にご協力ありがとうございます」の張り紙が脳裏を掠めた。用も無いのに水を何回も流すのは「してはいけない事」だと分かるようになっていた私は泣く泣くトイレを離れた。

 

その日から他に似た渦が無いかの探求が始まった。

 

まずはキッチンの排水溝。
これはあまり渦を描かない上に監視の目がある。
洗面所と風呂の排水溝は貯めれば渦を描くが排水溝自体の直径もあり、トイレと比べるとその渦は私を満足させるには至らなかった。

 

トイレでないとダメだ。
そして朝の一回だけでは私の研究欲を満たせない。
何より異物の無い状態の渦をこの目で確認したい。

 

してはいけない事だとは分かっている。だがそもそも節水に協力している人間はいるのだろうか。

 

私はしてはいけない事を犯す人を幾人も見てきた。
例えば車の通りが少ない歩道での信号無視。
例えば電車で必要としてそうな人に席を譲らない事。


守ったところで誰も褒めはしない。守らなかったところで誰も咎めはしない。

 

してはいけない事をし、罰せられなければそれは何になるのだろう。
どんな人もそんな罪以下のしてはいけない事を積み重ね、日常として処理しながら生きている。そして日々処理されていく物であるならば、それはきっとこの渦を巻き飲み込まれていく水が如く忘れ去られる事柄ではなかろうか。

 

言い訳は罪の意識という箍を外すには十分だった。

トイレのレバーを握る。
沸き始めた罪の意識を黙らせる為「私は用を足した」と心の中で唱える。
回した際に発せられる金属の摩擦音が私を咎めている気がしたが、もう遅い。
静かに、ただしっかりと人の口を塞ぐように両手でレバーを握り黙らせた。
レバーがつっかえ、後少しでトイレが流れる事が伝わる。
緊張と、罪の意識を吐き出すように一気に押し込んだ。

 

トイレ内に轟音が響く。
レバーを両手で黙らせたまま、己の二の腕越しに流れる水を観察した。

 

鉄球を当てられた壁が如く大穴を開けられる水の塊。
その大穴の周りから崩れていく水の柱。
最後はその柱が斜めに倒れ螺旋を描き吸い込まれていく。
筋となった螺旋を消すかのように新たに貯められる水、水、そして水。

 

実験を成し遂げた歓喜に思わず口の端が上がる。
小躍りしたい気持ちを抑えようと水を覗き込んでいるとトイレの外の音がハッキリと聞こえてきた。


母があの日のように夕飯を作っている。
小気味良い包丁の音がトン、トンと迫ってくるような気がした。

 

私は何をしてしまったんだろう。
母の役に立ったはずの渦を見つける行為がたった今咎められる物となった。

 

轟音を立て水を飲み込んだトイレの穴が静かに私を見つめてくる。
もう私には一飲みで水塊を食らった魔物にしか見えなかった。

 

急ぎトイレからキッチンに駆け込み、その日は罪を滅ぼすように夕飯の手伝いをした。

 

翌朝、いつものようにトイレに行く。
手を合わせ「ちゃんと用を足して水を流します」と心の中で唱える。
トイレは何も話さない。足された用をいつものように飲み込んでいくだけだ。
水を飲み込む時に出来る渦も最初に見つけた時のまま、トイレは罪の意識と用だけ流していった。

 

あの日以来、用も無くトイレを流す事はしていない。
そして渦の形を描く物が好きという気持ちは変わらないままだ。
季節外れの猛暑に負けて買ったソフトクリームを眺めながら、改めて好きな気持ちを思い出すと共に処理された日常を告白する。

今週のお題「おかあさん」